大切にしていること・・

『いっしょに生きる・個で育つ』

ありのままを認め合い、いっしょに生きるところです

 フリースクール三重シューレでは人の評価が必要ありません。他人の評価を気にしなくていい・安心できる居場所であることを大切にしています。
 小中高から二十歳前後の子ども・若者が「ありのままを認め合い、いっしょに生きる」ところです。

自分で決めて『個』で育つところです

 「子どもは育つ」「育ち方さまざま」・・・スタッフは子どもの成長を心から信頼し、「自分で決めて『個』で育つ」ことを応援しています。フリースクール三重シューレには「~をさせる」という言葉はありません。活動や学習は興味・関心によって子ども自身が決めています。

自分たちのことは民主的に決めています

 お互いの権利を尊重することで「個は自由に生きる」ことができます。週一回の自由参加のミーティングで「自分たちの活動や居場所に関することは民主的に決定」しています。
(子ども・スタッフともに一票)

『他にはないところ…評価が無い』

 フリースクール三重シューレのスタッフは、子どもに「ありがとう」「うれしい」という言葉で気持ちを伝えることはありますが、子どもを「評価すること」や「ほめること」はありません。評価しながら、「個を尊重する」ことや「ありのままを認め合う」ことは矛盾するのではないか、と私たちは考えています。
 何よりも三重シューレでは、今の日本の評価社会を生きていくためには「評価されない関係の中で育つ」ことが必要であると考えています。子どもたちは学校で評価されるだけでなく、SNSによって土日も夜も評価にさらされています。
 緊張感のあるクラス、猛烈な部活、学校と塾の勉強、進学…評価に苦しみながらやっと就職しても競争が激化する社会の中でまた評価され続けます。

 評価社会で生きていくのだから…「評価して育てなければ」と考える大人や教育関係者は多いと思います。中には「しかる」のではなく、「ほめればいい」という大人もいますが、「しかる」と「ほめる」は表裏の関係でどちらも評価です。学校に行くことをほめる、いい成績をほめる、積極的に見える行動をほめる…そこには大人の理想に基づいた目的や下心がないでしょうか?「ほめられる子」を目指す日々の中で、子どもは疲弊しないのでしょうか?ほめられることで自分を認めてきた子どもが、将来、ほめられなくなった時、その自分を受け入れられるのでしょうか? ましてや否定的な評価が続いたら…

 三重シューレは、評価がない関係の中で「無条件で自分の存在が認められてきた」という記憶を蓄積できるところでありたいと考えています。そこで育まれる実感は「自己肯定感」とも言えるのではないでしょうか。
 「自分の命や存在に価値」があると実感している人は、「他者の評価に依存」する必要はないでしょう。周囲からいい評価をされなくても、そのことで自分の存在を自分で否定する必要はありません。

 評価がない三重シューレでいっしょに生きてきた子どもが「自分は自分」「自分でいい」って実感するようになったと話すことがあります。今、そしてこれからの評価社会で生きていく上で、この実感が支えになることを私たちスタッフは信じています。
                                         2018.12